夜花香   ヨルノハナノカオリ

夜が来ると咲く花がある
夏の夜 闇の中を漂ってくる香り
絡みつくように追いかけてくる甘い香りが
白粉花だと気づいた時の驚き
小さい花々から
こんなに妖艶な香りが立つ不思議さ
香りを描きたいと思った

闇に閉ざされた見えない花香の色を探す
夜の奥からやって来る色
キャンバスに絵具を重ねるうちに
それは
血のような
焔のような
赤になった

赤で絵を描くのは何年ぶりだろう
十九の頃
「一本の樹の中にも流れている血がある
 血は立ったまま眠っている」
大学図書館で開いた詩集の一節から
描きかけの自画像に
夢中で赤い木を描き入れたことを思い出した

立ったまま眠っている木々の血は
闇の中で目覚めるのだろう

花の香りが私にそう教えた



iGallery DC の個展に寄せて
2012年 8月